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青森地方裁判所 昭和25年(モ)21号 判決

債権者 太田文吉

債務者 三本木税務署長・法務總裁

一、主  文

当裁判所が昭和二十五年二月二十七日同庁同年(ヨ)第一五号債権者太田文吉、債務者三本木税務署長駒嶺誠丸間の仮処分申請事件についてした仮処分決定を取消す。本案判決が確定するまでの間

(イ)  債務者は債権者に属する特許番号第一七八一二五号特許権の実施を妨害する一切の行為をしてはならない。

(ロ)  別紙目録(イ)記載の物件に対する債務者の(差押処分による)占有を解きこれを青森地方裁判所所属執行吏に保管させる。

(ハ)  同執行吏は債権者に右物件中木製室四基、盛板七六枚、蒸穀箱四個、蒸器(セロ)一基の使用を許すことができる。

(ニ)  同執行吏は右各事項を公示するため、適当な方法を講じなければならない。債権者のその余の申請を棄却する。

手続費用は債務者の負担とする。

第一項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

債権者代理人は当裁判所が昭和二十五年二月二十七日同庁同年(ヨ)第一五号債権者太田文吉、債務者三本木税務署長駒嶺誠丸間の仮処分申請事件についてした仮処分決定(債権者は本案判決確定に至るまでその発明に係る特許番号第一七八一二五号特許権の実施をすることができる。債務者は債権者の右実施を妨害する一切の行為をしてはならない。債務者は別紙目録記載のようにした差押を解除しなければならない。債権者の委任する青森地方裁判所所属執行吏は右各事項を公示するため適当な方法を講じなければならない。)を認可する。手続費用は債務者の負担とするとの判決を求める旨申立て、その理由として債権者は特許第一七八一二五号特許権(昭和二十一年特許願第四一一二号を以て出願、昭和二十三年八月二十日出願公告、昭和二十四年三月十二日登録)の保有者で、該特許権の内容は一例を挙げて説明すれば次の通りである。

[禾参]一石に脱脂乳(水分約九〇パーセント、蛋白質約四パーセント、脂肪約〇・二パーセント、乳糖約四パーセント、灰分約〇・八パーセント)一石を加え一夜浸漬し水分を悉く吸収させて蒸炊し、手で捻り、餠状を呈するに至つた時放冷し、これに種麹を加え、木製室で摂氏三〇度で一日温めるときは「アスペルギルオリーゼ」が繁殖する。これを木製室から取り出し、摂氏五五度で乾燥し、又はそのままのものに、牛乳一升と乳状酵母一勺との混合液を吸収させ、乾燥粉末化したものは即ち本件滋養製品で麹の醗酵素と酵母と牛乳とが相溶合して[禾参]を溶解性物質(摂氏六〇度の温湯で三〇パーセント溶解する)としたものである。

即ち本件特許権の範囲は[禾参]、大麦、小麦、その他の穀類及び雑穀類を脱脂乳に浸漬して蒸炊し、これに種麹を加えて製麹し乾燥粉末化したもの、又はでき上がりのままのものに牛乳、酵母の混合液を吸収させ、乾燥粉末化したもの及びその製造法であり、この方法で生成された食品は甘味と栄養とに富む殺菌された母乳代用品であり、特に酵素作用が強く多量の「ヴイタミン」を含有している。従つて該製品及びその製造過程で顕出される物質は何れも従前わが国で公然知られ又は公然用いられている酒税法に所謂麹と全然その性質、効用を異にする。今若しそうでないとすれば、かような製品が新規な工業的発明品ということができず、従つて特許権の目的と為り得なかつたことは特許法第一条、第四条第一号、第三五条により極めて明瞭であるから債権者において本件特許を受けることが法律上不能であつたであろう。従つて債権者が本件特許を受けることができたという一事は本件特許権が酒税法に所謂麹に該当しないことの何より適切な証左でなければならぬ。そこで債権者は、本件特許権者として特許法第三五条第一項前段により前述の滋養食品を製造、利用、販売又は拡布する権利を専有するから折角該特許権を施用して目的たる滋養食品を製造し又は製造中債権者は該特許権の施用過程中、又は施用の結果醸成される物質は全部酒税法に所謂麹に該当するものであり、債権者が政府の免許を受けないで該麹を製造し又は製造しつつあるから酒税法第一六条、第五三条、第六二条国税犯則取締法第二条、第三条によるものだとして、別紙目録記載の日時、同記載の場所で債権者所有又は占有の同記載の物件を差押えた。併し乍らこれらの物件は何れも本件特許権実施の供用物件及び実施により醸成された製品であり、毫も酒税法に所謂麹又は麹製造用物件ではないから債権者は曩に債務者を被告として当裁判所に差押無効確認請求訴訟(当裁判所昭和二十五年(行)第一六号)を提起した。がしかし本案判決の確定を俟つにおいては本件特許権実施の不能により債権者は不測且つ通常の手段では到底回復及び補償至難の禍害を被ることは極めて明瞭であるから曩に当裁判所に本件仮処分申請に及んだところ申請の趣旨通り(主文第一項記載)の決定を受けた次第である。よつてその認可の判決を求めるため本申立に及ぶと陳述し、債務者の免許未受の抗弁に対し債権者が本件特許権の実施につき酒税法第一六条による政府の免許を受けていないことは認めるけれども右実施は酒税法に所謂麹の製造に該当しないから固よりかような免許を受ける限りではないと附演した。

債務者代理人は、本件仮処分決定を取消す、債権者の本件仮処分申請を棄却するとの判決並びに仮執行の宣言を求めその理由及び答弁として先ず、

(1)  (イ)本件仮処分決定の本案たる差押無効確認請求訴訟の被告は本件債務者ではなく国であるから本件仮処分申請の相手方も亦本件債務者ではなく国でなければならない。従つて本件仮処分申請の相手方を本件債務者として為された本件仮処分決定は違法不当として取消の、又本件仮処分申請は不法過当として棄却の各運命を免れない。

次に(ロ)凡そ行政処分無効確認請求訴訟については仮処分に関する民事訴訟法の規定を適用することができないことは行政事件訴訟特例法第十条末項の規定の趣旨により明白であるから右趣旨を無視して為された本件仮処分申請及び同決定は何れも違法不当も甚しい。よつて前同様取消棄却の裁判を免れない。

(2)  仮りに右各申請条件に瑕疵がないものとしても本件仮処分申請及び仮処分決定は次の理由により違法不当である。

債権者がその主張のような特許権を保有すること並びにその主張のような差押処分本案訴訟の提起、仮処分申請及び同決定があつたことは何れもこれを認めるけれども右特許権の実施過程及び実施の結果醸成される物質は何れも酒税法に所謂麹そのものに外ならず、そして苟しくも酒税法に所謂麹である以上、該製品が特許権の目的であると否とに拘らず何人も政府の免許を受けなければこれを製造することができないことは同法第一六条の律意により明瞭であるところ、債権者は毫も右免許を受けないで本件差押物件の一部分を利用して、右特許権を実施しよつて以て本件差押物件の他の部分のような酒税法に所謂麹を製造しつつあつたから債務者は同法第六〇条国税犯則取締法第二条、第三条に則り本件物件を差押えたまでで同差押には毫も違法不当の廉がない。

よつて本件仮処分申請及び仮処分決定は何れも違法不当であるから後者の取消及び前者の棄却の判決を求めるため本申立に及ぶと陳述した。(疏明省略)

三、理  由

よつて先ず、本件債務者が本件仮処分申請の相手方たる適格を有するかどうかについて一瞥するに、凡そ無効な行政処分は、その処分の当初から法律上処分の目的たる効果を発生せずこの点は権限ある機関により取消されるまで一応その効力をそのまま保持し、取消を俟つて初めて処分の当初に遡及して無効に帰する「取消すことができる行政処分」と勿論異るけれども「取消すことができる行政処分」も一朝取消された暁には当初に遡つて無効に帰し、そして一旦無効に帰した以上、当初から無効な行政処分と取消を俟つて初めて当初に遡及して無効に帰した行政処分との間に寸毫も甲乙がないことは講学上敢て異論を観ない所である。

これに加うるに「処分をした行政庁を被告としなければならない」という行政処分取消請求訴訟に適用される行政事件訴訟特例法第三条の規定の立法趣旨は、要するに現地具象的資料の蒐集、特殊事情の査察、地方色の吟味等当事者の訴訟準備に立地的便宜を与え訴訟を敏速、果敢、臨機応変、円滑自在に運営させ、よつて以て地方分権遠心的自治魂の発揮、郷土民主精神の昂揚に寄与しようとするにあり、従つてこの点で行政処分の取消請求訴訟とその無効確認請求訴訟とによりその取扱を別異にしなければならない理窟を毫末も発見することができないから、右規定は移して以て行政処分無効確認請求訴訟にも類推適用することができるものと解するを相当とする。

果してそうだとすれば本案訴訟と主従関係に立つ本件保全訴訟においても本件債務者は本件仮処分申請手続の相手方たる適格を有することは勿論でこれと反対の見解に立つ債務者の抗弁は採るに足りない。

次に本件本案請求のような行政処分無効確認訴訟に仮処分に関する民事訴訟の規定を適用することができるかどうかにつき一考するに成程行政事件訴訟特例法第一〇条は「行政処分の取消変更を求める訴に、仮処分に関する民事訴訟法の規定を適用しない」旨規定するけれども凡そ行政処分の無効原因はその取消原因と異り行政行為の瑕疵欠缺は遙かに重大深刻で当該行政行為の中枢本体に執拗頑強に巣喰い到底滅却抹殺することができない致命的盲点でありかような災厄病陥の存在は啻に個人の尊厳を毀損するばかりでなく延いて又行政行為本来の目的たる公祉増進の要請にも背反することが甚しいから前記規定は可及的制限的に解すべきで本件本案請求のような行政行為の無効確認を求める訴には濫りにこれを準用又は類推適用するは不法過当でありかような訴については、結局一般法理又は原則により仮処分に関する民事訴訟法の規定を適用する外はないものといわざるを得ない。よつて被告の抗弁は採用に値しない。

そこで進んで本件行政処分の当否につき稽えるに債権者がその主張のような特許権を保有すること、並びにその主張のような差押処分、仮処分申請、同決定があつたことは当事者間に争がない。ところで本件は債権者が債権者において本件特許権の保有者として本訴差押物件の一部分を使用して該特許権を実施し特許の目的たる滋養食品(本件差押物件の他の部分)を製造するは固よりその所で毫も違法ではないと主張するに反し、債務者は右特許権実施により醸成される目的たる滋養食品は酒税法に所謂麹であると主張するにあるから畢竟債務者においては右特許権の範囲を争うに帰着するものといわざるを得ないところ凡そ特許権の範囲如何を確定する争訟は特許庁又は東京高等裁判所の管轄に専属し、当裁判所の管轄に属しないこと及び当裁判所が本件を管轄行政庁又は裁判所に移送することができないことは特許法第八四条第一項第二号、第一〇九号、第一二八条ノ二により明白であるから本件特許権の目的たる滋養食品が酒税法に所謂麹であることを主張する債務者において先づ「叙上特許法上の救済手続により叙上製品が酒税法に所謂麹であることが確認された」との主張及び疎明をしない本件においては債務者は本件差押物件中別紙目録記載(イ)の物件が酒税法に所謂麹であり又は麹製造用器具であると断ずることができないものといわざるを得ない。(なお一般に特許権の目的たる製品は新規な工業的発明に係るを要し、該特許出願前既に日本国内において公然知られ又は公然利用されていたものの如きは特許の目的と為ることができないことは同法第一条、第四条第一号により明白であるところ酒税法に所謂麹は一般に市販の麹を指称し往古からわが国で公然知られ且つ公然消費されている物質(或は少くとも特許法第三条第一号所定の食物類似の物質である)であることはわれわれの経験則に照らし洵に明瞭であるから、かような麹は到底同法第一条、第四条第一号、第三五条第一項前段による特許権の目的と為ることができないものといわざるを得ない)。果してそうだとすれば債権者が本件特許権を実施して目的たる滋養食品を製造するは一応洵にその所でこれをしも酒税法第一六条に違背し、同法第六〇条所定の犯罪に該当するものとして国税犯則取締法第二条、第三条により該実施の用に供し又は実施の結果醸成された別紙目録(イ)記載の物件を差押えることは到底無理であり、かような行為は憲法上保障されている基本的人権を侵害することが甚しいから単に取消の原因たるに止まらず、法律上当然無効だといわねばならない。そして債権者がその主張のような差押処分無効確認請求訴訟を提起したことは当事者間に争がないところ、かような本案判決の確定を俟つにおいては債権者において本件特許権の実施を妨げられることにより通常の手段では到底回復不能、補償至難の損害を被るに至ることが必定であることは真正に成立したと認める乙第一乃至第五号証及び本件口頭弁論の全趣旨に徴し疎明するに十分であるから本件仮処分申請中この部分に関する限り理由があるものとして許容しなければならない。凡そ収税官吏が国税犯則取締法第二条(裁判官の許可状による差押)、第三条(現行犯についての差押)により特定人に国税犯則行為の嫌疑があるものとして、その所有又は占有に係る物件を差押えた場合これを違法として不服を申立てることができるかどうかにつき、多少疑問がないでもないけれども、刑事訴訟法第四二九条、第四三〇条は(イ)裁判官がした押収に関する裁判、(ロ)検察官、検察事務官、司法警察職員がした押収処分に対しては裁判所にその取消変更の請求をすることができる旨特則を設け、殊に、(ロ)については、検察官、検察事務官、司法警察職員のした差押処分の取消変更の請求については行政事件訴訟に関する法令の規定を適用しない旨規定して一般行政事件訴訟により救済を求めることができない趣旨を明示しているけれども国税犯則取締法及び刑事訴訟法には収税官吏が国税犯則取締法第二条、第三条の規定によつてした差押処分に対し、不服を申立てることができる旨の規定は更に存しないし、他方又右処分に対し行政事件訴訟に関する法令の規定を適用しない旨の規定を存しないから、該処分に対しては一般原則により、利害関係人は司法裁判所に訴を以てその無効確認を求めることができると共に、行政事件訴訟特例法によりその取消をも請求することができるものと解するの外はない。

ただ併し、本件差押物件中別紙目録(ロ)記載の種麹六袋(一袋四〇匁入)は酒税法に所謂麹に該当すること及び債権者において、その製造につき未だ政府の免許を受けていなかつたことは債権者の自認するところであり、又、原告が該種麹の所持禁止につき法定の除外事由を有する点については債権者において毫も主張及び疎明しないところであるから債務者が債権者に酒税法第一六条、第五三条、第六二条所定の国税犯則行為の嫌疑があるものとして国税犯則取締法第二条に則り差押えるは一応当然でその間毫も違法の廉が認められない。従つて右差押部分をしも違法無効視する債権者の主張は採用するに由がない。

よつて本件仮処分申請及び同決定は以上の線に沿う限度において理由がありその余の部分は理由がないものと推定しなければならないところ、本件仮処分決定は、詳細にこれを吟味すれば語呂稍々精確を欠き、意味聊か不明瞭であり且つ前説明の趣意により一部違法不当の廉をも包含するから今一応全部これを取消し更に適宜勘考修正し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条仮執行の宣言につき同法第一九六条、第七五六条ノ二に則り主文の通り判決する。

(裁判官 中川毅 工藤健作 野原文吉)

(差押目録省略)

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